心房細動は加齢とともに増える病気で、80歳代では男性では4%、女性では2%以上が心房細動だとも言われています。日本の推定患者数は2020年で100万人ですが、高齢化に伴い、これからもさらに増えていくことが予想されています。心房細動は患者さんのQOL(生活の質)に大きな影響を与える疾患です。
心房細動に関してはこちらもご参照ください。特に注意が必要なのが「脳梗塞」のリスクです。心房細動を抱える患者さんでは、脳梗塞の発症率が健常者に比べて約5倍にもなると言われています。
今回は、心房細動がなぜ脳梗塞を引き起こすのかというメカニズムから、脳梗塞に対する予防法、治療の選択肢までを丁寧に解説いたします。
根治治療であるカテーテルアブレーションに関してはまた別の機会にお話ししたいと思います。
心房細動があると、心房の動きが不規則になるため、心房の中で血液の流れが滞りやすくなります。心房の中でも特に「左心耳」という部分に血液がよどみ、血のかたまり=血栓ができやすくなります。
この血栓がある日突然、血流に乗って脳の血管に詰まると、「心原性脳塞栓症」という脳梗塞を起こしてしまうのです。もちろん、腕や足の血管に血栓が詰まってしまう場合もあります。
心原性脳塞栓症は血管の太さに対して血栓が大きい場合が多い為、広範囲の脳梗塞になりやすいです。そのため、非常に重症になりやすく、生命の危険にかかわる場合が多く、後遺症が残ることも多いと言われています。脳梗塞の後遺症はその後の生活に制限がかかることによりご本人はもちろん、ご家族の負担も大きくなってきます。
有名な例として、元プロ野球選手の長嶋茂雄さんが心房細動により脳梗塞を発症されたことが知られています。
■ 長嶋茂雄さんの場合
発症年:2004年(当時68歳)
発症状況:自宅で倒れ、緊急搬送となり、精密検査の結果、「心原性脳塞栓症」と診断されました。
原因:報道や専門家の解説によると、心房細動が原因で左心房内にできた血栓が脳に飛んだことによるものとされています。
後遺症
身体機能
右半身の麻痺が残り、車椅子での生活が中心となり、移動には介助が必要となりました。リハビリを経て、ゆっくり歩くことは可能になりましたが、日常生活には制限があります。
言語機能
発症直後は失語症の状態も見られ、会話や読み書きに支障がありました。
リハビリによってある程度の会話は可能になりましたが、長い文や難しい話題には困難が残っていると報じられています。
社会復帰:
数年のリハビリを経て、2006年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)ではサポート役として公の場に登場。ただし、監督業や指導の現場に本格復帰するには至っていません。
僕がこれまで見てきた心原性脳塞栓症の患者さんは寝たきりになってしまい、社会復帰を果たせなかった方も多くいらっしゃいました。心原性脳塞栓症は大きな後遺症を残す場合が多く、脳梗塞になる前の予防が重要であるということがよく分かると思います。
心房細動の最大の合併症である脳梗塞を予防するには、「抗凝固療法」が鍵となります。抗凝固療法は血液をサラサラに保つことで血栓の形成を防ぐことを目的とする薬剤です。
患者さんの脳梗塞リスクを判定するために、よく用いられるのが「CHADS2スコア」です。
合計点数により、抗凝固薬の使用が必要かどうかを判断されます。
現在、下記の不整脈薬物治療ガイドラインに沿って判断を行っています。
CHA₂DS₂-VAScスコア というスコアもあり、CHA₂DS₂-VAScスコアでは、 CHADS₂スコアよりもさらに細分化した脳卒中発症リスクが計算できます。
DOACは、ワーファリンに代わる新しい抗凝固薬です。代表的な薬剤にはアピキサバン、リバーロキサバン、ダビガトラン、エドキサバンがあります。これらは特定の凝固因子(Xa因子やトロンビン)を直接阻害し、一定の抗凝固効果を発揮します。
ワーファリンと比べて食事や薬との相互作用が少なく、定期的な血液検査が不要で使いやすい点が利点です。一方で、腎機能や出血リスクに応じた投与量調整が必要であり、消化管出血のリスクにも注意が必要です。
2024年12月、リバロキサバンの後発医薬品が日本で初めて発売されました。薬は限られているものの、安い薬価でDOACを使用できることでメリットを享受できる方も多くいらっしゃいます。
抗凝固薬は血を固まりにくくする作用があるため、出血が止まりにくくなります。日常的に以下の点に注意が必要です。
以下の症状は重症な出血の症状である可能性がありますので、すぐに医療機関に受診しいましょう
何らかの理由で抗凝固薬が使えない場合、「左心耳閉鎖術」という選択肢があります。これは、血栓ができやすい左心耳を物理的に塞いでしまう治療です。
抗凝固療法が使えない場合は出血のリスクが高く抗凝固療法が継続できない場合が多いです。
僕の経験では転倒により硬膜下血腫を数回経験している方、抗凝固薬を内服すると下血してしまうけど、内視鏡による止血が難しい方などがいらっしゃいました。
心臓手術(弁置換術や冠動脈バイパス術など)と同時に、開胸下で左心耳を切除または縫合閉鎖する方法です。一般的な方法ですが、他の心臓手術と同時に行う場合がほとんどです。
低侵襲手術として注目されています。
小さな切開部位からカメラと器具を挿入し、心臓の外側からクリップや縫合器具(例:AtriClipなど)で左心耳を閉鎖する方法です。
抗凝固療法が難しい患者への代替治療、下記に述べる経皮的左心耳閉鎖術が難しい場合にも検討されます。
方法:カテーテルを使って、心臓内から左心耳閉鎖デバイス(WATCHMANなど)を留置する方法です。カテーテルは経静脈アプローチで行われます。
メリット:・開胸の必要がなく、体への負担が軽いこと
・数日で退院可能になること
・左心耳のサイズに制限があり、適応が限られること
・日本循環器学会の施設基準に合致する施設での治療が必要
心房細動は、症状がないまま進行することも多い病気です。しかし、「気づいたときには脳梗塞を起こしていた」ということだけは避けたいと思っております。
当院では、心房細動の早期発見・治療に力を入れており、以下のような取り組みを行っています。
心房細動は自覚症状が乏しい場合も多く、そういった場合、「なんとなく動悸がする」「疲れやすい」といった軽い症状で見過ごされがちです。
しかし、心房細動を放置すると重篤な脳梗塞を引き起こす可能性があります。
脳梗塞は一度発症すると命に関わるだけでなく、後遺症により生活の質が大きく低下してしまいます。
抗凝固薬の適切な使用や最新の治療法によって、脳梗塞のリスクを下げることが可能です。当院では心房細動の早期発見とリスクに応じた治療を行っており、専門医による丁寧な診療を心がけています。
動悸、不整脈、息切れなどが気になる方は、些細なことでも構いませんので一度当院へご相談ください。
監修: Myクリニック本多内科医院 院長 本多洋介